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第45回記念道彩展

令和8年9月16日~9月21日/札幌市民ギャラリー

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第45回記念図録掲載文

第45回記念展に寄せて 運営委員長 小堀清純 このたび、第45回という記念すべき道彩展を開催する運びとなりました。今日まで活動を続けることができましたのは、ひとえに会員会友の情熱と皆様からの温かい応援の賜物と深く感謝しております。 道彩展は1982年2月、大同ギャラリーにおいて水彩画の多様な表現を目指し、創造的な発見を大切にすること、水彩画を描くあらゆる人々を広く集めることを目的に32名による同人展としてスタートしました。その同人展には国松登、八木保次、今野ミサ、納直次、菊地又男、沖本友吉、川村正男、更科兼蔵らが賛助出品されました。当時、NHK文化センターや朝日カルチャーセンター等が開設されるなど活況で、八木保次・伸子先生や今野ミサ先生の水彩画講座に多くの出品者が受講していたと聞いております。 道彩展の全盛期には一般出品者が100名を超える年もあり、審査に時間を要したこと、北大構内での写生会や柴橋伴夫先生らを迎えて研究会を開催するなど懐かしく思い出します。 現在は、展示点数が入選者を含め約120点の規模となっており往時に比べると規模が縮小しております。しかしながら、作品内容は多様性ある表現と具象・非具象を問わず個性豊かな作品が集まり充実した内容となっております。最近の傾向として透明水彩、パステル画、鉛筆画の出品者が徐々に増えており歓迎しております。 今、SNSの普及により作品発表の機会が多様化し、公募展や美術界を取り巻く状況は厳しく、特に若者の公募展離れが見られ出品者の高齢化が進んでいます。皆で様々な協議をしながらホームページを充実し、チラシを作成するなどさまざまな工夫を重ねています。今後も会員・会友一人ひとりが新たな出品者とのつながりを広げ、道彩展の発展に向けてご協力いただければ幸いです。 最後に、これまでご支援、ご協力いただいた関係者の皆様に心より感謝申し上げるとともに、厚くお礼を申し上げます。

さらなる発展を期待しつつ 詩人 美術評論家 柴橋伴夫 北海道水彩画会が第45回記念道彩展を開くという。45回ということは、もうすぐ50回となる。よく〈歳月人を待たず〉といわれるが、私はその言葉を実感している。近年は、微力な私ではあるが「道彩展」の展評を書かせてもらっている。出品作と出会うのを楽しみにさせてもらっている。批評を書かせてもらっているというよりも、作品から新しいものを得て書かせてもらっているというのが実際である。そしてこんなことを実感している。それぞれが、必ず何か新しいものを造り出そうと創意工夫していると。 表現するとき、〈惰性〉に流されないということは、なかなか難しいことである。さらに空間表現の中に、これまでにない革新的な美を宿そうとすることは、ある意味リスクを伴うこと。でもそれに果敢に挑戦する姿をみて感動しているのだ。特に会員、会友の違いは無いかのように互いに研鑽を積んでいることは特筆すべきことである。 とかく〈公募展〉には、その差が大きいことを散見するのがしばしばである。会友の存在は重要である。なぜならその会の〈要〉となるからである。新しいことに挑戦することにおいても、さらに組織全体を担ってゆく上でも中核的な存在である。会が成長しているということは、それがうまく〈機能〉しているということを示しているといえる。 ではこうした状況をつくり出している原動力となっているのは何であろうか。それは間違いなく、この会をリードするメンバー相互の信頼関係であろう。審査においても私情をはさまずに、より客観的に〈作品本位〉でみてゆくこと。そして互いに批評を交わして、たとえ厳しい批評であっても自分の作品づくりの糧としているからに違いない。 私はこんな感慨を抱いている。それは「道彩展」はいい意味で〈水彩画〉という〈枠〉を抜け出していると。明確に1つの〈絵画展〉として確固たる位置を占めているし、更に存在感を増していると。 ここから少し私見を混えつつ感慨をのべておく。私が高く評価する画家にウィリアム・ターナーがいる。もちろんターナーは水彩画を世に広く知らしめた作家である。ターナーは76年に及ぶ人生で、300点の油彩画、一般的に約2000点の水彩画を残しているという。ターナーは水彩画が油彩画より下位にあった状況を変革した方でもある。 ターナーは野外では油彩は描かなかった。もっぱら水彩であった。光や空気感のニュアンスを何より大切にしていたからだ。つまり〈自然〉そのものを〈聖なる存在〉としてみていたのである。ぜひターナーのように2000点とまでは言わないが、〈未知なる美〉を見出すため日々筆を動かし続けて下さい。そしてぜひ賞をめざすだけでなく、「個展」を行い他者から厳しい批評も受けつつ大輪の花を咲かせて下さい。

何を見ても勉強です 道展会員 北海道版画協会会員 西村一夫 第45回記念道彩展おめでとうございます。更に末長く続きますように。学生時代は美術について知らない事を知りたい、いい絵を描きたいと欲の固まりでした。今も一つでも多くの作品を見て学びたいと思っています。いいなと思った作品、そうでない作品を見ても、何がそう思わせる要因になっているのかと考えます。作品の主題なのか、その主題に対する確かな技術と美的判断力、構図・色彩・形(具象・抽象)・空間の扱い方なのかと。 まとめ過ぎた絵は変化を、変化ばかりの絵は、もう少しまとめて欲しいなと。勝手に思って、こうすればこんな絵になるのかなと想像して楽しんでいます。絵を見る人が、画面を整理してここが、これが言いたいことですよねと、見る絵は疲れます。 学生の時に西洋美術館でターナーの、小高い所から浜辺を散歩する人を描いた、淡彩の小さな作品を見た時、イギリス海岸の空気と香り、そして穏やかな波打際の波の音まで聞えて、自分がその後を散歩している思いになりました。 数筆で描かれたものですが、これ以上は何もいらない、これが絵というものかと思いました。その頃はアメリカのポップアートが入って来て、欧州には無い絵の面白さを知りました。でも本歌取りの絵では、日本人は騙せても、本歌は越えられないと思いました。 これが自分の絵です、と言うには自分にしか描けない絵を描くことと思います。それには自分の心を観察すること、そしてさらけ出すことかと思います。自分は唯一の存在なのですから。絵は人物・風景・静物画が多いですが、そのどれにも当らない絵があってもいいと思います。 水彩画はこう描くものだと決めないで、いろんな実験をして、こんな絵はどうですかと、どんどん発表して行きましょう。芸術における感動とは、作者の心の奥底から湧き出てきた思いが、その作品を感受する人の心の奥底に染み入る関係だと思っています。そんな人の心の奥底に残る絵が、一点でも描けたらと願い続けています。

もっと、もっと自由に 全道展会員 富田知子 第45回記念道彩会展を迎えられました事、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。 毎年9月の中、市民ギャラリーにて開催される道彩展を拝見して、作品が向上している事、意識の高さを感じております。 最近では、抽象画やテーマを持った作品など幅広くジャンルも増え描く事にどん欲さが見られて、ワクワクしながら会場を回っています。 この作品が、私のテーマとして、長く飽きることなく、表現し続けてゆく。そのような作品に、今回も会えましたねと。エールを贈りたい! 絵描くもの全てをうまくかける事は、とても大切だと思いますが、人物も、美人のモデルもいいけれど、いい表情している特に作家が、気に入ったモデルを思ったように描いた作品、うまくはないがこの作品いいよね。このタッチが凄い! 色もいい! 作家の描きたいがでている。 絵は、品評会のように見るのではない。心もって見るのだから、魅力のある作品には敵わない。魅力的な作品とは? 沢山の絵を見て作家自身が絵描く物に対して、こうでなければという固定概念を崩して、私のフォルムで色で造るそれも魅力ある作品となるのではないだろうか。 自由に描きましょう!! そういわれても、これを描きなさいと言われて筆を動かすよりずっと楽しい。私を描けばよいのだから。描くことは自由! 色をのせる事はもっと自由! そう思いませんか? 最後になりましたが、小堀運営委員長、事務局の皆様、本当にありがとうございます。道彩会が、この先も多くの作家たちの夢の発表の場として続きます事心より願っております。

これからも発展することを願って 新道展会員 香取正人 45回記念道彩展 おめでとうございます。 道彩展創立当時は市民ギャラリーの完成などもあり、道内美術界が新たに活気づいた時期でした。私の所属する新道展では体制刷新の動きが出るなど多忙な時期でもありましたが、その中で道彩展の設立は、明るい話題として印象に残っています。 私自身、子供の頃から水彩画が好きで尊敬する画家の指導を受ける機会もあり、水彩画の楽しさを感じていました。今でも油彩画を描きながらも、水彩の爽やかな色調や軽快なタッチを取り入れたいと考え、技法の模索を続けていることが多くあります。 道彩展の創立で多くの水彩技法が見られ制作上のヒントも得られそうだという少し身勝手な、でも自分にとっては切実な願いを抱いて会場を訪れました。 しかし最初に会場で目にした多くの作品は、従来の透明水彩とはかなり違った表現方法のように感じました。伸びやかで自由な描写に共感はしながらも、その多様で奔放な描写は予想以上の驚きでした。 指導されていた八木夫妻とはあまり面識はなかったのですが、この会で何度かお会いできた事は私にとって大きな収穫になりました。自由奔放で伸びやかな描写ながら、表現に関する厳しい視点を情熱的に語る保次氏、一方伸子氏は静かな画面づくりの中に対象を見つめる温かく優しいまなざしを感じさせるなど、それぞれに作品を通して感動や表現の多様さを示していました。共感する人は多く、やはりこの会は良い指導者を得ていたのだと思いました。 現在の会場は、更に充実してきています。良き指導者に触発され、研鑽を重ねてきた成果が多くの会員作品の幅を広げ、水彩表現の奥深さ多様さとなって、出品者層の広がりをつくっているようです。 水彩絵の具は誰もが扱い親しんできた画材です。身近でありながら次々と新しい製品が生み出される可能性の多い画材でもあります。 この魅力的な水彩画のために、今後も道彩展は良い役割を担って頂きたいと願いながら、記念展の祝辞とさせて頂きます。

私という表現 会員 小杉千賀子 初めて道彩展に出品させていただいたのは、確か第19回展だったと思います。40号の絵を描いたのも初めてで、それでも入選の結果を見たのがとても嬉しかったことを憶えています。 それから何年か経ち、まだまだ会友にもなれなかった私には、大きな会場でみる自分の絵がなんとつまらない絵だろうと感じるほど、道彩展の会場は魅力的な絵であふれていました。当時まだお元気だった八木保次先生が会場で講評してくださるという日には、よく先生のお話を聴きに行きました。 先生の言葉は心に残るものが多く、森の風景が好きでよく描いている私には「北海道の森はエメラルドグリーンだ」が印象的でした。奈良や和歌山の森に行ったとき、なるほどと思いました。比べてみると北海道は少し青みがかった明るい緑色なんですね、乾いた空気のせいでしょうか。今でも森の風景を描くときにはいつもそう思いながら描いています。よく描けているときは「葉緑素を感じるね」とおっしゃっていました。他には食べ物だと上手に描くより「おいしそうと感じる絵」とか「この人は下手だねー、でも魅力ある」なんて言葉もありました。 奥様の伸子先生も決して表には出ず、道彩展の成長を見守ってくださっていました。先日八木先生ご夫妻の回顧展が久しぶりに開催され、改めてお二人の大きさを感じたところです。 最近新しく出品する方たちは、確かに技術的なレベルは上達しているとは思うのですが、どこかで見たような上手な絵が多く、「個性」とか「表現」といったものが以前より感じられなくなったような気がします。その人にしか描けない「私」という表現を、私も20年以上も出品し続けてもいまだに探しています。この水彩という美しい素材と付き合いながら。

素敵に壊したい 会員 工藤路子 私が大学生の頃、母が八木保次先生・伸子先生に水彩画を教わり始めました。昔から絵が得意だった母でしたが、教室の様子を楽しそうに話してくれ、描いた作品には生き生きとした力強さと喜びがあったのです。 そんな時、八木保次展が開催されることを知り観に行ったことが、私にとっての大きな転機、全ての始まりとなりました。何が描かれているのか全く判らないのに(でもだからこそ、だったかもしれません)、瞬時に心を掴まれてしまい、その場で動けなくなったのです。八木先生に教わりたい! とすぐに教室に申し込むことを決めました。 当時、大学が終わってから通うのに都合が良かったのが、金曜夕方のデッサン教室でした。習い始めの頃は、画材の使用法や技法についての指導がほとんど無いことや、「この構図で良いでしょうか?」と質問しても明確な答えが返って来ないことに少しだけ驚きましたが、すぐに先生達の教えたいことはそこには無いのだとわかってきました。上手に描けていることより、絵の中に感動が現れていることをとことん褒めてくれるからです。 一番衝撃を受けたのが、途中まで出来上がっていた絵を「壊す」ということでした(そして、絵を壊された人が皆、嬉しそうにしていることも!)。 自分で密かに気に入っているような箇所に限って、先生の手が入り、容赦なく消されるのです。一瞬、あーっと思うのですが、壊された後のほうがずっと魅力的になるので、皆で「魔法の手」と呼んでいました。 絵を壊す勇気は、あの頃に比べれば、少しは持てるようになったと思いますが、効果的に壊すことは未だに全く出来ていません。 たった一枚の絵で良いから素敵に壊すことが出来たら…そう思いながらも、恐る恐るの中途半端か、ブルドーザーで更地にするような虚しい破壊かのどちらかになるばかりで、その難しさを痛感しています。

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