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第25回記念道彩展

平成17年9月14日~9月18日/札幌市民ギャラリー

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第25回記念図録掲載文

第25回記念展に寄せて 事務局長 小 堀 清 純  1982年同人展として、創立して以来、種々の苦難を乗り越えて、第25回記念展を迎えることは誠に意義のあることと思います。これも会員・会友等の協力はもとより、関係者のご指導とご支援の賜物と心より感謝しております。  創立の目的は、水彩画の多様な表現と創造的な作品を追求することであり、また、水彩画を愛する仲間を広く集め、剌激しあい、新しい表現と価値を認め合う広場を作る、いわば水彩画愛好者のすそ野を広げることにありました。創立当時の経緯については、第20回記念展の図録巻頭に記述してあり割愛しますが、興味のある方はそれをお読みいただきたい。  最近の状況は、昨今の水彩ブームの影響か、一般出品者が徐々に増え、例年100人を超える数となっております。作品としては、写実より、フォーヴィズム的な表現が増え、また、透明水彩より、不透明水彩(ガッシュ)にパステル、ジェッソさらにはコラージュ等効果的に用い、水彩とは思えない深いマチエール作りをするなど多様な表現が見られるようになりました。  また、出品者が全道的な広がりを見せ、特に江別、函館や日高方面からの出品者が増加し、その方面からの受賞者が多くなってきております。ここ数年、函館方面では、本会出品者十数人が集い、グループ展を開催長までになってきているのは喜ばしい限りであります。近い将来、移動展が開催できるようになれば、地方の水彩画発展にも貢献できるのではないかと密かに夢見ております。  さらに、全道展、道展及び新道展の入選者の多くは、本会にも所属しており、それら公募展への登竜門的な役割を果たしているともいえます。なかには中央公募展で受賞し、会員や会友に推挙されたり、また東京で個展を開くなどし、今後の活躍が大いに期待される若手作家も現れております。  しかし、創造的な作品を追求するという観点から、単なる写生画的な作品は少なくなり、はっとするような絵が確実に増えてきておりますが、まだ、同じ傾向の絵が目に付きます。特に会員・会友にあっては、一人ひとりが自己の証となるような絵を描くことを期待します。またこのところ審査が難しくなってきており、しっかり描いている写実的な作品について評価が分かれるという問題点もあります。  最後に、本会に対する世間の評価は、まだまだ厳しいものがあるのが現状であり、今後、さらにお互いが切磋琢磨し、魅力ある作品をたくさん展示できるように、一層精進していきたいと思います。

水彩画の未来は?  ―道彩展25周年展によせて 作家 札幌時計台ギャラリー代表 荒 巻 義 雄  西暦2030年、道彩展は50周年を迎える。この年、会員や会友、一般出品者の大たちの多くが、鬼籍入りをされておられるであろうが、未来を考えてもしょうがない―などとはおっしゃらないでほしい。  なぜなら、現在の道彩展も、国松登さんや八木保次さんはじめ多くの先人たちの尽力があってこそ、25年前に発足したのだから。  物事には必ずはじまりがあり、終わりがある。道彩展にも創立の世代があり、継承者がいる。さらに後継者がつづく。このように、代を重ねながら未来へ受け継がれていくことが大事だ。“継続は力”だ。道彩展が25年後も存続して欲しいと思うのは、至極、自然な人の心だ。  しかし、一方では、滅びもまた自然の理である。実は、芸術が滅びるかもしれないと考える識者もいるわけで、従って、水彩画の運命についてもよく考えておく必要がある。  かつて20世紀初頭、写真が登場して絵画を脅かしたように、高度な電子技術の駆使される映像が、絵画を衰退させるというのである。しかし、20世紀を通じて、絵画は写真とは競合すらしなかった。新しい領域を目指し、多様な変化をつづけて発展したではないか。なぜだろうか。写真が、従来の絵画の写実の部分を引きうけてくれたため、かえって自由になったからではないだろうか。電子映像技術の発展も同じだ。絵画は、絵画自身が自己目的化して、一層、奔放になるはずである。  水彩画もますます自由になり、その多様化は油彩以上であろう。第一、顔料自体、従来の水彩絵具やアクリルに加えて、種類が増えつつある。  因みに、顔彩、粉絵具、水可溶性油絵具、水彩色鉛筆、水溶性クレヨン、ドローイング・インクなどが思い浮かぶ。また、技法も、次々と新しい工夫が登場し、筆者なども、展覧会場でそれを見付けるのが楽しみである。むろん、お手軽だからというわけではない。入口が広く、それでいて奥が深いのが水彩画である。水彩画は、〈軽さ〉や〈スピード〉〈明透性〉など、21世紀という宝瓶宮コードにもぴったりである。

本道水彩画発展の原動力に 美術ジャーナリスト 五十嵐   恒  アートは、それを見る人の心を豊かにする。当然制作に携わる方々は、より一層生き生きとして自己主張をする―。  道彩展(北海道水彩画会)は、多くの美術ファンの心にうるおいを与えながら25回記念展を迎えた。その努力と情熱に心から敬意を表する。  すでに退会した林田理栄子さんが事務局を担当されていた頃、札幌市民ギャラリーで開かれた道彩展の懇親会に出席させてもらったことがある。多分20年くらい前のことだと思う。以来、随分年月がたったことに気付く。  いつの間にか、といっては失礼だが道彩展は着実に歴史を積み上げて来た。それは、アートにかける熱い思い以外何ものでもない。  私は仕事の関係もあって毎日のように画廊を回り作家の皆さんにお会いする。それは“仕事”以外に「今度は、どのような作品を見せてくれるだろうか」という期待と楽しみがあるからだ。そして生き生きした作家の方の表情と感性豊かな作品に出会うとうれしくなりペンもはずむ。道彩展に結集する皆さんの作品を拝見するのも当然ながら熱い期待がある。  発会当初は公募展でなかった道彩展も、今や会員・会友60人の団体に成長した。本道の他の美術団体では、何故か水彩部門の出品点数が少ない中にあってレベルの向上と底辺の拡大に果たす道彩展の役割が大きい。  それだけに期待が膨らむ。作品を拝見すると繊細な具象から個性昧あふれる心象構成までバラエティーに富んでいる。多彩な作品が見る人の心をとらえ楽しませる。そうした豊かな感性と技量が道彩展の魅力となる。本道水彩画会発展の底力となることを心から期待したい。

一筋の道 春陽会会員 八 木 伸 子  幼時から病気ばかりして、両親を困らせていた私が、80歳になって、今も絵をつづけているのを、周囲の人達は皆びっくりしています。 50歳を過ぎるまで、絵を教えることなど、考えてもいませんでした。しかし、朝日カルチャーやNHK文化センターなど、私達のもとで20年以上も描きつづけて、道彩展にも出品し、賞や会員になった人達の活躍―。うれしくありかたいことです。  ただその人達も、決してスラスラと前進出来ないでいる事も知っています。  「スランプです。」とか「描いても描いてもわからなくなる。」とかいろいろ聞きます。絵の深さ、むつかしさに突き当ったからこその苦しみでしょう。  私にしても、「楽しそうに好きな絵が描けていいですネ。」とか時々言われることがあって、答えに困ります。ふいたり消したり、出来ない絵の前で、絵の具だらけの私の姿、誰にも見せたくありません。  ただ何年間かに一度位、夢中になって描いていて、今迄やったことが無い絵になってパッと筆を置くことがある。ものを作り出すことの喜び―。この一瞬のために、60年も苦しんで来たのかも知れません。  決して才能があるわけでも無く不器用な私。でも他の事は頭に無く、絵しかやることはないと、一筋にやって来ました。  女流画家として最高の仕事をされた三岸節子女史、94歳で亡くなった時、「指に赤い絵の具が残っていた。」と息子さんが書いておられます。  又、昨年札幌で「102歳、小川マリの世界展」を開かれた私の師、マリ先生、小品なのに、身辺静物だけ追究された、あの格調高い画面は、私に絵を描く意味を改めて教えて下さったのでした。  25年続いた道彩展、小堀さんはじめ皆さんが、背伸びせず地味な努力をつづけた結果でしょう。これから一層この会が輝くことを願って、私も蔭から応援して行くつもりです。

限界から可能性を求めて 会員 中 田 やよひ  水彩画の多様な表現と創造を目指して創立された道彩会が、公募展となった2回展に出品し、道彩展賞を頂いた。  すぐ会員推挙となり、水彩画を描かずにいられなくなった。  その頃も今も不透明の白やアクリル絵の具をよく使う。これによって油絵と同じような追求もできるが、反面水彩画の透明性を失いかねない。しかし、真に自分の描きたいものを追求しようとすると、ついつい塗り込んでしまい描いたり消したりを繰り返す。結果、全く救いがたい生気のないにぶい画面となり、水彩画の難しさと限界を感じ泥沼に入り込む。  いったん制作に取り掛かると、あっという間に大きな筆洗い用のバケツの水は白濁し、まるで牛乳のようになる。  以前それを台所の流し台に捨てていたら、下水管を詰まらせてしまった。業者さんに来てもらい地中から直径30 cmもあろう下水管を取り出し、詰っている物を出そうと思いっきり振ったところ、白い塊がニョロリと、まるで巨大チューブの口から絞り出される絵の具のように出てきた。瞬間、「あーもったいない。」と思った。  絵の具を捨てるほうが多くて、一向に制作は進まず無駄ばかりしている、こんな珍事を八木保次先生にお話したところ、「世の中には無駄なことは一つもないんだよハーハーハー。」と言ってくださった。ちょっと救われた気がした。  後日、主人がサクランボの木の下に穴を掘ってくれたので、以来、そこにせっせと白濁水を捨てている。ふと思う、「サクランボじゃなくて絵の具がなってくれたらいいのに…」と、近頃、飼って1年目の真っ黒猫が、私の筆洗いバケツの水を飲む。「ダメヨその水汚いんだから、白猫になったら困るでしょ。」そんなバカなことを言いながら、いっこうに進まない私の水絵の限界から水絵の可能性を求めて、これは無駄ではなく、追求の証。」とばかり日々絵の具水を、サクランボの木にやっている。

道彩展グループ展のこと 会員 函館地区連絡所 勇内山 和 子  道彩展25周年おめでとうございます。これまでの運営に事務局の小堀さんと山田さんの御苦労に心から感謝申し上げます。  そして八木保次、八木伸子先生のお力添えのおかげで、道彩展が育てられたと…御礼を申し上げたいです。北海道に水彩画だけの、大きな画会が出来て、みなさんにも知られ、展覧会がだんだん盛会になってきたことを、会員の一人として大変喜んでおります。  私は夫の転勤先の余市・小樽で暮らしてた折、水彩画をやり始め、道彩会を知り、第10回展の時です。初めて出品していきなり道彩展賞を頂きました。高い天井の市民ギャラリーの一等席に2枚展示され、それはそれはうれしかったです。あれからずーっと一生懸命に、会の主旨である「現代水彩画の多様な表現と創造的な発見を大切にする作品」を描きたいと目ざすが、なかなか心も筆も思うように動かず、傑作は出来ず困っております。  ところで最近は水彩画人口が増加しておりまして、私たち函館と近郊の出品者が13名となり、グループ展をしたいという意見があり、実行してます。道彩展に出品して入選して、戻って来たら仕まい込み、それでは苦心の作品がもったいないと思い、ギャラリーを借りてグループ展をやっております。  6月、今年で4回目の展覧会が終りました。今回はみんなずいぶん上達したなーと感じました。続けていることがうれしくなりました。ギャラリーの申し込みやら、開催案内など、それなりに手間がかかりますが、せっかくの40号以上の作品を地元の人たちに観賞していただきたくって頑張ってます。また仲間達とじっくり見つめて、勉強出来ますので、グループ展は一歩前進のチャンスの場です。  これからも、みんなで励んで良い作品ばかりで、「道彩展はいいよー」とささやかれるように、現代の水彩画を大いに描きましょう。

祭り 全道展会員 道彩会特別会員 八 木 保 次  異常気象と言われた今年の冬、なかなか春は来ない様だったが、気がつくと、多くの花が一気に咲いていた。山桜が咲き、こぶしが咲き、そこここの家の庭の木蓮も白い花をつけた。昔からの北国の春の姿。まわりの山を見ていると、毎年同じではない。昨年は強い風が吹いて、多くの倒木もあったり、風景が変ってしまった所もある。  今年の冬は冬眠したいと思っていた。巣の中でジーつとして眠っている様な、夢を見ている様な―。我が家の裏山には、熊はいないが狐やリスがいる。雪が長く降ると、彼らも動かず、何日もじっとしている様だ。  ある朝、晴れると真白だがさだかでない空を、北リスのファミリーが森の梢のあたりに滑走していた。鳥の様に―。雪が湿布の様に落ち、白の天幕を開いて行く。白の祭典である。  この白の下には、立ち並ぶ家々の屋根の赤や青、黒い木々の姿が浮んで来る。そしてこれから来る、春の明るいピンク、うす緑や赤紫も―。  彩りとは、真白の一歩かなたの白である。  道彩展が25周年を迎える。ここまで続いたのは、皆が動物に近い無償の気持でやって来たからでないか―。  この祭典がまだまだ続くことを祈っている。

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